Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

☆「掌中の葉」(翻訳文)2-24

このことは、ちょうど、農夫が、植えた作物が豊作だった時に、それらをすべて収穫する方法を知っていなければならない、という事と同じである。このようにして初めて、作物が齎す利益を十分に享受することができるのであるから。

同様に、あなたが止禅の修行をする時、あなたの心は非常に明るい光を発散しており、その光は、あなたの周辺に存在し続ける。

あなたは、これらの光を、どのように収穫するのか、どこに貯蔵するのかを知らないのであれば、あなたはそれを、十分に利用することができない。

通常は、これらの光のエネルギーは心輪(=胸のチャクラ)に回収するのがよい。このようにすれば、あなたの心は、更に力のあるものに変化するであろう。

こういう事から、修行者が、止禅の光明を利用して、観禅の修行をする時、最も重要な段階は止禅における「結行」の実践である(+という事が分かる)。

止禅を修習した後、結行の作業をしっかりと行い、その後に観禅に転換する。そのようにすれば、止禅の定力は、十分にその力を発揮するだけでなく、心は快活になり悟り易く、智慧の力も、十分に発揮することができるようになるのである。

以下の表は、完全に出定した者と、完全には出定していない者の状況の対比である。

出定を完成していない者は、結行を修習していないか、または結行を修習したものの、しかし、完全には、定から出ていない状態であり、この状態は、邪定に非常によく似ているのである。

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。(2-25につづく)

Idaṃ me puññaṃ nibbānassa paccayo hotu。 

★誤字脱字を発見された方は、<菩提樹文庫>まで。

ご協力、よろしくお願いいたします。

<「掌中の葉」(シッダッタ学院)中国語版→日本語訳出

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>