Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

☆「掌中の葉」(翻訳文)2-27

定の修習をした後、あなたは、先ほどまで有していた、定の境地を放棄しなければならない。

その境地が如何に微妙であり、安らいで安楽であっても、である。

あなたは、内心の自我に向かって、先ほどまで定の修習をしていた心が完全に戻ってくるよう、暗示するべきであり、心をして日常の境地に戻るようにせしめ、その後に、ただ平静さと穏やかさだけを、保持するようにする。

このようにすれば、心は自然に作用を生じ、先ほどまでの、定の修習の境地を縁に取ることはなく、日常の(+心理)状態に戻ることができる。

このように平静さを保持する時、あなたは感覚が不断に戻ってくることを感じるかもしれない。そうであれば、この種の感覚を自然に維持していき、この種の感覚が淡くなったとき、初めて、全身の粗さを感受するようにする。

ある種の人々は、己に対して暗示をしたのち、心が戻ってくる感覚を明確には感じられないが、それは問題ではない。

あなたはただ平静さを保ち、心内で自在さ、活発さを感じて後、全身の粗さを感受するようにし、心を日常の動態、粗い世界に戻さしめれば、それでよい。

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。(2-28につづく)

Idaṃ me puññaṃ nibbānassa paccayo hotu。 

★誤字脱字を発見された方は、<菩提樹文庫>まで。

ご協力、よろしくお願いいたします。

<「掌中の葉」(シッダッタ学院)中国語版→日本語訳出

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>