Sayalay's Dhamma book

長年、当ブログにおいて逐次公開しましたテーラワーダ系仏教書翻訳文は、<菩提樹文庫>にてPDF版として、正式に公開されています。<菩提樹文庫>WEBをご閲覧下さい。

是誰庵のひとやすみ~脳にはNoを(無常を観る)

知人の友人が、昔の嫌な思い出に翻弄されて、ウツ気味で入院したとの事。

昔のであっても、今のであっても、嫌な想いに翻弄されない、よい解決方法を一つ、紹介します。

我々は、時々、いや、度々、自分が被った、嫌な思い出を思い出します。

実は、我々は、案外、嫌な思い出を思いだすのが好きなのです。これを心の癖、仏教では、カルマと言います。

そして、思いだしては嫌な気持ちになり、自分をそんな嫌な気持ちにさせる、誰かさんを恨みます。

心は恨みに恨んで、やがて精神に変調をきたします。

ここで悪いのは、何度も嫌な思い出を思い起こす機能を持つ<脳>です。

ちょっと<脳>から離れてみましょう。

嫌なことを思いだしたとき、必ず、身体に反応が出ます。

ぞっとした感じ。

毛穴が開く感じ。

身体が冷える、または熱くなる。

その時に、<脳が考える事柄>に追随するのではなくて、身体の感覚に焦点を合わせて、それを観察します。

感覚は無常、アニッチャです。

この、身体に生じた感覚への観察を、何度も繰り返していると、あなたは、やがて以下の事が分かります。

嫌な思い出を何度も思いだして、自分を苦しめているのは、自分自身。

自分の身体に生じる感覚・反応を拒絶せずに、ただ眺める事、すなわち、もうすでに(身体上に)生じてしまっている事柄を、拒絶しないで、そのまま受け入れるのは、嫌な事柄を早く終わらせる妙技であること(感覚が無常、アニッチャであるという性質を、利用するのです)。

このように、己の心のありようを訓練すれば、嫌な思い出も、平常心をもって、ただ、眺めていられるようになります。

生きていれば、嫌な事、苦しい事に遭遇せざるをえませんが、どうか、心までは負けないで下さい。