wong0110's diary

中国語で書かれた仏教書(主にテーラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。+日常の心模様の独り言<是誰庵のひとやすみ>。

☆「掌中の葉」(翻訳文)2-35

    <Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>

上記の経文から、我々は定の修習において、脳内に起伏する思いや考えは、粗いものから微細なものへと、変化することが分かる。

最初の段階では、非常に粗い煩悩があり、それらは身業や口業の方面で、表現されることさえある。

たとえば、五戒を犯す、などである。

もしあなたが五戒を守ることができたならば、最も粗い煩悩は調伏された、とみなしてよい。

この時、内心に去来する主要な煩悩は、五蓋である。

しかしながら、多くの初心者にとって、最も克服することが難しいのは、心内の論評である。

この種の煩悩は、「私」及び「私の」(+という概念)と関係する。

「私は修行がうまくいっているだろうか?」

「私の修行は、うまくいっていないのではないだろうか?」

「私の修行は、いつになったらうまくいくのだろうか?」

「私は一時間座禅できるようになった、すごいでしょ!」

「もし、何時の日にか阿羅漢になったならば、私はどんな感じがするでしょうか?」

「私はとても静かに座っていられるが、人々は私を評価してくれるだろうか?」

(2-36につづく)

    <Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ

★誤字脱字を発見された方は、<菩提樹文庫>まで。

ご協力、よろしくお願いいたします。

<「掌中の葉」(シッダッタ学院)中国語版→日本語訳出

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>