wong0110's diary

中国語で書かれた仏教書を日本語に翻訳して公開。+日常の心模様の独り言。

パオ・セヤドー講述「顕正法蔵」(翻訳文)5-61

    <Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>

8-6-5 心がコントロールされるべき時にコントロールされる

人は、どのようにして、その心がコントロールされるべき時にコントロールされるか?

心が、あまりにも強すぎる恐怖心と喜悦で動揺する時、彼は択法、精進と喜という、この三種類の覚支を強化してはならず、彼は軽安、定と捨という、この三覚支を強化しなければならない。

世尊は言う:

「比丘たちよ。

心が動揺している時、その時は、軽安、定と捨を強化する時である。

なぜにか?

比丘たちよ。心が動揺する時、これらの覚支は、心を平静にすることができるが故に。」

比丘たちよ。

もし、人が、大きな焚き火を消したいと思ったとき、湿った草、湿った牛糞、湿った木材を火に投げ入れ、水を掛け、その上に砂をかけるならば、彼は火を消すことができるだろうか?」

「はい、尊者」

「同様に、比丘たちよ。

心が動揺する時、その時は、軽安、定と捨を強化する時である。

なぜにか?

比丘たちよ。

心が動揺する時、これらの覚支は、心を平静にすることができるが故に。

そして、比丘たちよ。

すべての時において、念はつねに有益であると、私は言うのである。」(《相応部》)

(5-62につづく)

(訳者コメント:ラべリングの瞑想を実践して、精神的に追い詰められたり、体調を壊す人がいますが、当該<No.5-61>を参照されれば、禅病を治すことができると思います。老婆心まで)

    <Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点原文ママ

★誤字脱字を発見された方は、<菩提樹文庫>まで。

ご協力、よろしくお願いいたします。

<パオ・セヤドー「顕正法蔵」2008年中国語版→日本語訳出

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>