wong0110's diary

中国語で書かれた仏教書(主にテーラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。+日常の心模様の独り言<是誰庵のひとやすみ>。

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-10

    <Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

2、修行とは、我々が想像しているような、そのような簡単なものではない。

書物はただ単に、一般的な指導方針を提供しているに過ぎない。

一たび、我々が実際に修行を開始すると、非常に多くの、複雑な問題に遭遇する。

これらの問題は、ただ単に、本に書いてある知識を頼りに解決できるものではなく、良き師に助けてもらいながら、解決しなければならないものである。

故に、非常に良い本であっても、良師の代わりにはなりえない。

これが、なぜ、色々な仕事・業種において成功したいのであれば、必ずや、本からでは学べない各種の技能を、高名な師の下において、その学生となって学ばなければならないのか、という理由である。

3、古の人は言う:

「欲知山上路、須問過来人(=山の奥の道を知りたければ、その道を通って来た人に問え)」

良師に従って学ぶことは、あなたに多くの時間の節約を齎す。あなたの教師自身が、多くの間違いを経験してきており、多くの困難を克服してきているが故に、もうすでに解決策がある陳腐な問題に関しては、あなたは自ら、改めて解決方法などを研究する必要は、ない。

その上、あなたが真剣に学ぶならば、あなたは多くの、不必要な混乱から解放されることができる。(3-11につづく)

    <Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ

★誤字脱字を発見された方は、<菩提樹文庫>まで。

ご協力、よろしくお願いいたします。

<「掌中の葉」(シッダッタ学院)中国語版→日本語訳出

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>