wong0110's diary

中国語で書かれた仏教書(主にテーラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。+日常の心模様の独り言<是誰庵のひとやすみ>。

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-20

    <Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

どうして、彼らは、精進心を発揮できないのか?

彼らにどのような問題があるのか?

彼らの問題は、彼らがいまだ徹底的に、苦とは何かを知りえていないという事である。

仏陀は言う:

「私はただ一つの事を教える。(それはすなわち)苦及び苦の終息である。」

興味深いのは、あなたは、苦と苦の終息は、二つの出来事だと考えているかも知れないけれども、では、なぜ、仏陀はただ一つの事しか教えない(+と言った)のか?(+という疑問である)。

これは、非常に重要な中道正見である。

一つの事柄ーー二つの相。

この二者は、同じ一つの現象の二つの相を表している。

出世間の正見は、同時に二つの面を擁してる。

ちょうど、貨幣には二つの面があるように。

では、どのような二面か?

それは、苦と苦の終息である:

苦を知り、苦を終わらせる;

または苦から離れて楽を得る。

故に、それが苦である、と知るより外に、我々は苦の滅の道ーー涅槃の体現・証悟こそが、最高の喜楽である事を、知る必要があるのである。

このことをよく理解して後初めて、我々の心において、我々は、愉快、喜悦、軽安と快楽(=楽しさ)を充満させて、修行することができるのである。(3-21につづく)

    <Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は<菩提樹文庫>

まで。ご協力、よろしくお願いいたします。

<「掌中の葉」(シッダッタ学院)中国語版→日本語訳出

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>