wong0110's diary

中国語で書かれた仏教書を日本語に翻訳して公開。+日常の心模様の独り言。

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-21

    <Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

世俗の生活も、同じことである。

我々は、富、権力、家庭が快楽(=楽しさ)を齎すことができると思い、故に、発奮して、真面目に仕事に取り組む。

多くの人々は、徒弟の苦労もいとわず:食べ物も質素で、ベッドも粗末で、毎日の勤務時間は10時間から12時間に達する(+のに、それでも働く)。

彼らは肉体的には非常に辛いものの、精神的には楽しいものなのである。というのも、一切(+の苦労)は、将来の楽しさに、変換されうると思うが故に。

彼らが、これらの苦痛を楽観的に受け入れる時、徐々に経験も増し、貯蓄も増え、ある者はトラックを買い、運送業を始める。

暫くして、彼は更にお金を稼ぎ、店を開いて商いをする。

また暫くすると、彼は工場を買い取って、部品製造業を始めたりする。

同様に、修行の道筋において、あなたが愉快な心を持って、涅槃を体験・証悟することが、真正で究極な快楽(=楽しさ)であると知りさえするならば、あなたは愉快な心をもって、修行の途中に出くわす一切の苦労と苦痛を、克服することができる。

徐々に、修行の体験が多くなる時、あなたは喜悦、軽安、快楽(=楽しさ)を生起させることのできる秘訣を、掌握することができる。

引き続き、不断に修行するならば、次には一歩進んで、自在に入定できる等の秘訣を、掌握することができる。

このように継続して努力するならば、あなたは最終的に、如実智見原文ママを得ることができるし、己自ら、涅槃の至楽の境地を、証悟することができる。

(3-22につづく)

    <Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は<菩提樹文庫>

まで。ご協力、よろしくお願いいたします。

<「掌中の葉」(シッダッタ学院)中国語版→日本語訳出

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>