wong0110's diary

中国語で書かれた仏教書(主にテーラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。+日常の心模様の独り言<是誰庵のひとやすみ>。

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-32

    <Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

独居意楽者:更に多くの時間を、深く生命現象の観照に打ち込んで証悟を得るために、私は静かな場所で、独居したいと思う。

原因:他人を理解して支援する事は、増上行の重要な基礎となる。一般的に、このことを理解した上で、人は修行の道において、誠心誠意、他人を支援し始める。

この基礎が完成した所において、智慧ある人は、慈悲行における純粋な実践が、最終的な解脱を齎すことは、ないと知る。

衆生の色々な願望を、絶え間なく叶えてあげる事は、彼らを助ける最終的な方法でもない。

在家の禍を見る;

この種の、群衆に奉仕しようとする社会的責任は、(+その上限がなく)止まることを知らないのである。

命は短い;

証悟の道は、容易ではない。

我々は、今、群衆から離れて、定力を育成しなければならない時である。

我々は、(+心)静かになって、更に高度な、真実なる法を透視(=徹底的に見る)しなければならない。。

もうすぐ究極なる円満者(仏陀)になろうとしていた菩薩でさえも、王宮や、彼に仕える五人の比丘から離れて、独居の力を借りて、仏果を証得するより他なかったのであるから、では、あなたなら?

独居とは、私にとって、更に高度な定・慧と求めるためであり、証悟を得るための方法でもある。

これが独居の意楽である。

(3-33につづく)

    <Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は<菩提樹文庫>まで。

ご協力、よろしくお願いいたします。

<「掌中の葉」(シッダッタ学院)中国語版→日本語訳出

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>