wong0110's diary

中国語で書かれた仏教書を日本語に翻訳して公開。+日常の心模様の独り言。

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-38

    <Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

三、己を世尊に捧げる

もし、あなたが、人のいない辺鄙な所にいて、身の毛もよだつ恐ろしい事態に遭遇したならば、あなたは以下のように、考えるべきである:

「私は、己を仏陀に捧げる明智もないのか?」と。

このようにすれば、最高の帰依処ーー仏陀ーーを信じる力によって、あなたは、恐怖心を取り除くことができる。

帝釈天王、天神の王と四天王でさえも、厄難に遭遇した時は、恐怖を感じるものであるが;

仏陀は、いかなる状況にあっても、恐怖を感じることはない。

彼は真実、無畏の大智者であり、絶対的に頼りになる帰依処である。

≪旗幡経≫≪Dhajagga Sutta≫の中で、仏陀は比丘たちに、厄難に会ったならば、ただひたすら、彼を思い起こし、その後に、仏陀の功徳を憶念すべし、と告げた。

というのも、仏世尊は、すでに、最も凶悪な悪魔と対面しても、二度と、恐れたり、退いたりすることがないからである。

仏陀の法力は無辺であり、彼は、我々が得る事の出来る最高の護衛であり、最高の加持である!

アーナンダ尊者がいまだ、解脱を追求している最中の、ソータパナであった時、彼は己自身について、以下のように述べた:

  25年の時を経て、

  私は不断に修行に励み、

  世間的な欲念はいまだ生じず;

  最も優れた仏法を洞察し、見る。

  25年の時を経て、

  私は不断に修行に励み、

  世間的な瞋念はいまだ生じず;

  最も優れた仏法を洞察し、見る。≪長老偈≫

(3-39につづく)

    <Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は<菩提樹文庫>

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<「掌中の葉」(シッダッタ学院)中国語版→日本語訳出

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>