<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>
簡潔に言えば、もし、一人の修行者が、性行(=性格と行い)という、この課題について、深く思考することができるならば、彼は、修行に関して、多くの迷路を歩かなくて済むし、非常に多くの過失を犯す事も、免れ得るだろう。
ある種の修行者は、己に適合しない修行道場に来ると、大いに口業を造す。通常、彼らは、それらの物事に対して納得がいかず、主催者と衝突し、または修行仲間に対して、何事か誤解して、争う。
その主要な原因は、外部的な因・縁と、己の性行が、余りに違いが、ありすぎる為である。
彼は修道の過程において、些かの善業を蓄積するけれども、しかし、体験的悟りに関しては、あまり利益が得られない。
最終的に、彼の心中には、諸々の不満が惹起され、(+他者への)誹謗という口業を、残すことになる。
こうした事から、あなたが、どこかの道場へ行って修行したいと思う時、または、誰か善知識の元へ訪ねて行きたいと思う時、あなたは、まずもって、性行という、このキーポイントを考慮した方が良いのである。
このようにすれば、あなたは修行の道筋において、非常に多くの迷路を、歩まなくても済むのである。
◆結論:
(一)性行は六種類ある。すなわち、貪行、瞋行、痴行、信行、覚行、尋行である。
(二)修行の時、性行という課題を重視することによって、我々は:
1、己に見合った修行形式、パターンを理解することができる。
2、諸々の異なった、禅の修行方式に出会っても、混乱しない。
3、(+己自身が)ある種の禅の修法を実践しているからといって、その他の禅の法門を批判することがない。
4、修行の道筋において、非常に多くの迷路を、歩まなくて済む。
性行の原因
何が性行の原因か?
《清浄道論》の記載によると、性行を形成する主要な原因は、四種類である、すなわち:
(1)宿作の因
(2)界の因
(3)病素の原因
(4)宿因決定。
[《清浄道論》「六種性行」の瞋性行研究 ] の一文を、整理すると以下のようになる。
(4-5につづく)
<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>
(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は<菩提樹文庫>
まで。ご協力、よろしくお願いいたします。
<「掌中の葉」(シッダッタ学院)中国語版→日本語訳出
翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>