Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 2018年8月10日の翻訳をもって翻訳ワークは終了しました。                     コメント欄は利用OKですが、リトリートに入っている時は回答しません。。

☆「掌中の葉」(翻訳文)4-17

    <Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

実際、それぞれ各種の善法の修習は、諸々の、たとえば、貪などの煩悩を調伏するのに、有効である。

それぞれ各種の、善法の修習は、信心などの善法を強化・増長させるのに、有益である。

《清浄道論・第三章・第122段》

故に、学生は、多くの種類の業処を把握し、強固で安定した基礎を築き、将来の観禅の修習の為の、準備をしなければならない。

たとえば、≪弥醯経≫は言う:

「四種類の法を修習しなければならない;

貪欲を取り除くためには不浄を;

瞋恚を取り除くためには慈愛を;

雑念を断じるためには安般念(呼吸念)を;

我慢(=我ありという傲慢)を絶滅する為には、無常想を・・・。」

 

・・・一種類の性行者に、7種類の業処を説明(+と推薦を)する。

(慈、悲、喜、捨、不浄、無常想、安般念。)

《清浄道論・第三章・第122段》

◆結論:

(一)異なる性行者は、それぞれ、異なる業処を修習するのがよい。とはいえ、しかしながら、大まかに言うと、それぞれの善法の修習は、諸々の、たとえば、貪等の煩悩を調伏するのに有効であり;それぞれの善法の修習は、信心などの善法を強化・増長するのに有益である。

(二)一人の学生は、多くの業処を掌握し、(+修行における)強固で安定した基礎を打ち立て、将来の観禅の修習の準備をするのが望ましい。

(4-18につづく)

    <Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は<菩提樹文庫>

まで。ご協力、よろしくお願いいたします。

<「掌中の葉」(シッダッタ学院)中国語版→日本語訳出

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>