<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>
修心就像農夫耕田、先把土地清理、
(修心とは、農夫が田を耕すようなもので、先に土地をきれいにし)
接着整地、梨地翻土、育苗挿秧、施肥、澆水、除草
(次に整地して、耕し、苗を育て植えて、施肥をして、水を遣り、除草する)
最後、你就有個豊盛的収成。
(最後にあなたは、豊かな収穫を得る)
桑畑
達白は、10歳を過ぎた頃から、自発的に仕事に取り組むことができた。
彼女は生まれつきの努力家で、自分から進んで仕事をみつけてこなし、人に言われて初めて取り組む、ということがなかった。
ある年の事、稲の収穫が終わり、それを蔵に収めた後、達白は即刻、桑畑の開墾に着手した。
普泰族は養蚕に長じ、蚕が糸を吐いて繭を作ると、糸を引き、それを縒って絹糸にした後、機を織って布にした。
蚕は桑の葉を食べるので、養蚕には桑を植えて、葉を茂らせなければならない。
養蚕する人は、桑の実が熟した後、葉を摘み取って、竹の寝床に飼っている、蚕に食べさせなければならない。
達白は、養蚕が金になるのを知っていた。
それは家族に新しい収入源を齎すので、彼女は継母と共に、桑を植えて養蚕する技術を身に着け、己自身で桑畑を開拓する計画を立てた。
彼女は、稲田の一番端っこの、少し高くなった場所を開墾したが、そこは土でできた丘で、一部分が森林で、桑の木を植えるのに適していた。
彼女はさっさとそこを整地し、全体を、平らかにした。そこを整頓してみると、背の高い木木が残ったが、それは皆硬木で、日陰を作り、桑の苗が猛烈な太陽光に晒されるのを防ぐことができた。
達白は、桑の苗木を植え、それが、湿気の強い熱帯気候の中でも、大きく成長できるほどになるまで、細心の注意を払って、管理した。
暫くして達白は、アチャン・マンが村人たちに、安居の場所を探していると、話しているのを聞いた。
彼の心の中の理想では、広くて平な高地で、樹木はあまり多くなく、太陽の光が、多少は地面に届き、雨の多い雨季に、湿気が多すぎないよう、対処できる場所がよかった。
達白は即刻、自分の桑畑の事を想った。
というのも、桑畑は丘の上にあり、稲田よりは上で、排水もよく、稲田から吹いてくる風は、湿気を吹き飛ばすことができ、その地域の温度を下げることができた。
彼女が桑を植えるために整地した場所は、茅葺小屋を建てるのにちょうどよく、切らずに残しておいた大木は、外部と隔離するのに、役に立った。
達白は、父親や兄たちと相談した後、アチャン・マンに、自分の桑畑が気に入るかどうか、視察に行くよう要請した。
アチャン・マンは、そこへ向かうと、その環境全体に対して、満足げな様子を見せたので、達白は嬉びで破顔し、彼が慈悲によって、己の供養を受け入れて、ここで安居を過ごしてもらうよう、頼んでみよう、と思った。
驚いたことに、彼女がそのことを、まだはっきりと言い出せないでいる間に、アチャン・マンは大声で、この場所は、己が雨季の安居を過ごす為の寺院を建てるのに、理想的な場所である、と宣言した。
(3021につづく)
<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>
(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、
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<原題「美琪喬ーー一位阿羅漢尼修道証果之道」 Dhammavamsa Publication
中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>