Sayalay's Dhamma book

長年、当ブログにおいて逐次公開しましたテーラワーダ系仏教書翻訳文は、<菩提樹文庫>にてPDF版として、正式に公開されています。<菩提樹文庫>WEBをご閲覧下さい。

「メーチ・ケーウの物語」(翻訳文)3-31

    <Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

種々の悲哀と苦楽が、彼女を不安にし、これらの感情は、彼女の心を曇らせ、彼女は、己を見失ったり、初心を忘れたりした。

そのようではあっても、彼女は世俗の生活において、長年、己自身を練磨し、己の信念を忘れないようにすると同時に、己の心内の動きを、明確に覚知し、それらが平静を保つよう、調伏した。

しかしながら、年を取るにつれて、負うべき責任は増々重く、心内の平静は、徐々に、挫折ーー希望がかなわない為の焦りーーにとって代わられた。

毎回、この種の問題に当面する時、アチャン・マンがここを去る時に保証した所の、必ず出家して尼僧になる日が来る、という希望が、唯一、彼女の心が波立つときの、慰めとなった。

今、養わねばならない娘が一人増えて、彼女の希望は、益々遠のいたように思えた。

状況はかくの如くではあったが、命終わるまで尼僧の姿でいられる、正式の出家ができないのであれば、短期出家を試してみることはできるかもしれない。

田舎の年若い青年たちは皆、その年の雨季に短期に出家して、その後に還俗し、再び在家の生活を送る。それは一種の、成人式のようなものであった。

結婚した男性でも、短期出家をすることがあるのだから、彼女にできない事が有ろうか?

当然、彼女には娘がいたから、よくよく、考えてみなければならなかった。

この時、ちびっこケーウは 8歳になっていて、家事もできるようになっていた。彼女はすでに、父親の面倒を、三か月程なら見ることはできたし、なんなら、従姉妹たちに手伝ってもらうこともできた。

事を順調に進めるためには、彼女は先に、重労働を要する仕事をすべて、片付けておく必要があった:

田を耕す事、田植え、それから、還俗後の稲刈り。

布麻は、彼女が修行に行くことを明確に拒否したが、しかし、もし細心の注意を払って計画したならば、彼も妥協するかも知れない。

短い時間の自由であっても、全く自由がないよりは、良い;

すこしばかりの修行であっても、全く修行しないよりは良い。

こうして、ちょうど 10年前と同じように、メー・ケーウは、布麻の側に来て跪き、自分は小さな自由が欲しい、生きている間に、少しばかり自分のしたいことに取り組んでみたいのだ、と正直に話した。

当然、彼女も家庭が大事であることは承知していたが、ただ、少しばかりの時間、己一生の夢を叶えてみたいのだ、とも伝えた。

その後に、彼女は己の計画を述べて、自分がいなくても家庭生活はいままで通り進むし、三か月出家した後には、必ず戻ってくると、受けがった。

彼は無表情で前を見ていたが、静かに彼女の言い分を聞いて、その後に彼女の方を見て、頭を左右に振りながら、軽蔑したように手を振って、出家のことは忘れろ、と言った。

彼女には、面倒をみるべき夫がいて、養わねばならない娘がいるーーこれこそ彼女のしなければならない仕事であり、彼女の夢などに聞を貸すことはないと、彼は、思った。

こうして、メー・ケーウは、命の困惑の中に逆戻りして、次のチャンスを待つより他なかった。

忍耐は美徳であり、憐憫と寛恕もまた美徳である。

彼女は、布麻本人を恨まないようにしたし、また、彼が設けた色々な制限をも、恨まないようにした。

彼女はちびっこケーウを愛していたし、布麻の決定も尊重した。

しかし、彼女は夢を、放棄はしなかった。

メー・ケーウから言わせれば、苦しみの中で、希望が彼女の支えであった

二年後、雨安居が近くなった時、彼女はもう一度、夫の元へ行き、彼に譲歩してもらえないか、と頼んでみた。

布麻の態度は軟らかいものに変化し、語気は鋭いものではなかったが、しかし、以前と同じく、情状の変化はまったくみられず、彼女の心は、砕け散った。

メー・ケーウの義両親と実家は、共に彼女の窮境を知っていて、色々取沙汰したが、彼女に賛成する人も、反対する人もいた。

この時、ある人が、家族の中の長老に出て来てもらい、調整するということを思いついた。この長老は、経験が豊富で、普段の仕事、何事にも正義感で対応し、非常に尊敬されていた。

彼は、メー・ケーウを小さい頃から知っており、メー・ケーウが父親に連れられて、アチャン・マンに会っていた頃の、詳しい事情も知っていて、彼女の発心に心を動かされた。

達頌の面子を慮って、彼はこの事に、口を出す事に決めた。

彼はこっそり布麻に会いに行き、布麻に、修行の功徳を説いて聞かせ、物事は天理に背いてはならず、情理に合わねばならず、布麻が一時、妥協をするべきだと、布麻を婉曲に諭した。

その甲斐あって、相談が纏まった:

布麻は、妻が雨季の三か月出家することを承諾し、しかしその間、家事と娘の面倒は自分で見るが、一日でも多く、お寺にいることは許さない、と言った。

老人の説得の下に、布麻は、メー・ケーウがお寺に行っている三か月の間、彼も不殺生、不偸盗、不妄語、不邪淫と不飲酒の五戒を守ると、誓いさえした。

これは仏教の基本的な修行であるが、布麻はこれまで一度もそれを守ろうなどと考えた事はなかった。

事が急転直下に展開したので、メー・ケーウは驚愕しながら、戸惑い、喜んで、両手を高く額の前に掲げ合掌し、善きかな、善きかな、と連呼した。

アチャン・マンの 20年前の予言は、今、実現した!

彼女は心を静めると、一つの誓いを立てた:

出家の期間、彼女は勇猛に精進し、決して怠けない。

彼女が最初にしたかったのは、禅の修行で、これは、彼女のし残した志であり、彼女によって完成されるのを待たれていたものである。

これまで何度も何度も、夢は打ち砕かれたが、今回、彼女は決して、己自身を失望させまい、と誓った。

(4-1につづく)

    <Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は

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<原題「美琪喬ーー一位阿羅漢尼修道証果之道」 Dhammavamsa Publication 

中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>