Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

「メーチ・ケーウの物語」(翻訳文)6‐4

    <Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

とは言うものの、メーチ・ケーウは、教学に関して、善くて巧みな方便に、欠けていた。

畢竟、彼女は一人の純朴な、教育を受けた事のない、田舎の女性であった。

彼女は口下手で、自分の考えを述べる事も、上手ではなかった。

これは、累世に積み重ねられた習性で、この短い一生で、直せるものではなかった。

彼女は、普泰の方言しか話せなかったし、田舎の人の俚諺を使って、道理を説いた。

彼女は美辞麗句が言えず、開示は常に短く、直接的で分かり易かったーーごく短い言葉の中に、必要な事柄のキーポイントを埋め込み、聞く者が、己の力量に合わせて、理解できるようにした。

メーチ・ケーウは直感で、一人ひとりの対象の心内に、どのような弱点を持ち合わせているかを知っていたし、どのように糺すべきかも知っていたが、しかし、彼女は、心の内の思いを詳しく説明して、相手を指導する事ができなかった。

これは、彼女に、衆生を度する方便が、不足していた為である。

彼女の、水晶のように透き通る智慧の中において、真正に道を知る人は多くを語らず、道理を必死に宣伝する人は、ほとんど何も知らない(+ということが分かった)。

卉晒寺の女性専門道場は、禅の修行と、当地における教化という二つの事柄に対して、同時に注意を払った。

メーチ・ケーウはこの二つの方面において、重要な役割を演じて、大衆の需要と要望に応えた。

彼女は菩提道の上における、各種の障礙を取り除き、次第円満を修証したので、今では、経験者として、禅修行を指導した。

一人ひとり、メーチの修道のレベルが異なる事に配慮して、彼女は一人ひとり、個別に指導した。

メーチ・ケーウの勇猛果敢、精進する精神は、一つの模範であったーー彼女は尼僧たちに、道業を成就する為に、全力を尽くすよう、激励した。

メーチ・ケーウは以前、農村の生活の苦しみを経験した為、彼女は格別に、農村の婦人の背負っている重荷に同情し、尊敬の念と、己との共通点に鑑み、彼女は、簡素で素朴な生活の智慧でもって、彼女たちの、各種各様の雑事と瑣事を、指導した。

彼女の、あの荘厳なる威儀と、心内から生じる喜悦は、助けを求めて道場にやって来る、凡俗な人々の心霊のレベルを高め、現実生活における苦悩を、超越せしめた。

彼女は特に、心霊の領域における衆生の幸福に関心をよせ、彼女が以前掌握した所の、心霊的なコミュニケーションの方法を駆使して、彼らと交流し、通常、深夜の異なる時間帯に、異なる領域の衆生の訪問客を招待して、平等に、同じくらいの数だけの亡霊や、天道の衆生の、面倒を見た。

心の力でもって問題を話し合う時、言語的な制限を受けないので、彼女は言いたい事をはっきりと言い、無尽蔵の慈悲でもって、相手を教化した。

この方面において、メーチ・ケーウは、超常の能力を持っているため、彼女にとって、心霊の領域の衆生を指導する事は、命ある限り、己の責任であると思いなし、年老いて身体が衰弱した後であっても、倦まずたゆまず、彼らを助けたのであった。

(6-5につづく)

    <Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は

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<原題「美琪喬ーー一位阿羅漢尼修道証果之道」 Dhammavamsa Publication 

中国語版→日本語訳出翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>