Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 コメント欄はどなたも利用OKですが、リトリートに入っている時は回答致しません。

「メーチ・ケーウの物語」(翻訳文)6-6(211/244 )

    <Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

メーチ・ケーウは、森の中の薬草に詳しく、また、民間療法にも精通していた。

新しい道場に戻ると、彼女は即刻、付近の森に入って、根や茎などの薬草を探し、持ち帰って、老メーチの治療に用いた。

彼女は細心の注意を払って、師の母親の介護を引き受け、病状の変化に合わせて、薬を変えた。メーチ・ケーウの薬草による治療と介護によって、老メーチの病気は徐々に好転し、日常生活を送れるほどに回復した。

三年に及ぶ介護を経て、老メーチの手足は、ようやく完治をみた。

開山した最初の年、バーンター寺の生活は困窮を極め、各種の必需品は、何一つもなかった。

メーチ・ケーウたちは、死体を覆った後に捨てられた布を拾って来て、衣服を縫い、村民が寺院に持って来た稲わらを枕にし、古いタイヤを切って、履物を作った。

食べ物については、ほとんどの場合、白飯しかなく、おかずはなくて、ただ、無理やりその日その日を、やり過ごすのが精一杯であった。

バーンター寺の創成期の事を思い出す度に、メーチ・ケーウは毎回、溜息をつかずにはいられなかった。

1960年より、外部世界は、森林仏教に未曾有の衝撃を齎した。

大規模な伐採活動によって、森林は、驚天動地の速さで消失し、僧たちの活動空間が狭められ、最後には、山野を行脚する生活方式を放棄せざるを得なくなり、これより方、森林仏教の伝統は姿を変えた。

バーンター寺は、道場の形式を維持して、アチャン・マンの法脈を伝承し、男女二衆に、出離の生活を保証し、持戒は厳粛で、集中的な禅修行による梵行生活を守ったが、それは、修行環境の変化に伴って、却って時代の先端を行く事となった。

アチャン・マハブーワは、自身の受容力と、率直な性格から、森林僧侶と宗門の人々の中流砥柱ーー独立不撓の精神的土台となり、その事によって、アチャン・マンの宗風が、後世に伝わることとなった。

彼は、円満なる智慧と精彩を放つ文筆でもって、アチャン・マンの生涯の事績と教法を顕し、多くの人々に、アチャン・マンその人を知らしめた。

時を経ず、四方の修行者は、真正の明師に指導して貰いたいという希望を胸に、アチャン・マハブーワの膝下に参集した。

バーンター寺の名声は、徐々に広がって行き、禅修行の重要な拠点となった。

この過程において、メーチ・ケーウは、師の名声の陰に隠れて、今まで通りの、簡潔で素朴な言葉使いで、参学に来る女性たちを、黙々と指導した。

老メーチの病いが好転したので、メーチ・ケーウは、彼女に、心を落ち着かせて、禅の修行をするように勧め、彼女に対して、<細い水は長く流れる>の譬えのように、そのような態度で努力して、順序正しく精進し、安定した基礎を打ち固める様に指導した。

彼女は老メーチに言った:

修行の進捗は、主に、過去に積み重ねた福徳の資糧によるもので、また、今ここで、どれほどか座禅と歩く瞑想を工夫して、努力するかによる。

絶え間なく持戒して、悪念を起さずにいさえすれば、心は徐々に澄んで来るので、そうなれば、物事への理解は益々はっきりとしてくる。

修行が深くなるに従って、行者には、一切は唯心によって造られることが、知れてくる。我々は、目で色相を見、耳で音を聞き、鼻で香りを嗅ぎ、舌で味を味わい、身体で接触を感じ、意識で以て感情を感受しているが、しかし、心の覚知が、その一切を知っているのである。

心はそれらを知っていて、それらを思考し、それらを堅固な真実なものである、と見做す。

自在に運用する覚知と智慧の修習を実践すれば、やがては、心行の本来の面目を見ることが出来る:

止まることなく変遷し、実体がなく、苦と緊密に連携している所の、それを。

もし、しっかりと専注していないならば、心は煩悩に鼻を抓まれて引っ張られ、その強大な衝動に屈服し、行者が問題を意識する前に、欲望、貪・瞋・痴は、瞬く間に大局を掌握し、正念を破壊する。

メーチ・ケーウは、老メーチに、己の心を子細に観察するよう指導し、煩悩の動静を識別する事を学び、心を保護して、正念を失わないようにしなければならない、と教えた。

メーチ・ケーウの叡智の伴った談話と激励は、老メーチの道心を激発し、同時に彼女を、正しい道に導いた。

何年か禅修行をして後、老メーチは、堅固な基礎を打ち立てた。

メーチ・ケーウは、1967年にバーンター寺を離れたが、その時、老メーチはすでに、彼女の指導の下、仏陀の聖道において、安住する事ができていた。

(6-7につづく)

    <Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方

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<原題「美琪喬ーー一位阿羅漢尼修道証果之道」 Dhammavamsa Publication 

中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>