Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

「身念処」1-19

    <Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

涅槃は、心ではない。

それは、心の所縁である。

実相般若が非常に強い時、心は、凡から聖へと、転換する事ができる。

この種の転換を、道刹那と呼ぶ。

道刹那の後ろには、道果が続く。

両者は皆、涅槃を所縁とする。

苦の因が滅した時、苦(果)は、その道において、殊勝な道刹那によって、滅せられる。

悟道の四つの道とは:

入流果、一来果、不還果と円覚または円満者(阿羅漢果)である。

10種類の束縛が、我々の悟道を障礙している:

すなわち、

1、我見(=私が存在しているという見解)。

2、仏陀の教法への懐疑。

3、儀式または各種の式に執着する事(戒禁取見)。

(これは、何らかの儀式を信じる事、たとえば、線香を焚く、または慣例的な行為または礼拝が、涅槃へと導くと考える等の、何らかの信仰を意味する)

4、欲貪。

5、瞋恚と怨恨。

6、色貪。

7、無色貪。

(色界は、色身の存在する場所である。無色界は、心だけが存在する場所である。

故に、6と7は、天界を追い求める生存の欲である)。

8、慢。

9、掉挙。

10、無明。

こうしたことから、最初の道、入流果の道刹那は、前の三種類の束縛を、断じ除く;

第二番目の道、一来果の道刹那は、第四、第五の束縛を弱める;

三番目の道、不還果の道刹那は、第四、第五の束縛を断じ除く;

第四番目の阿羅漢果の道刹那は、残りの五つの束縛を断じ除く。

c)あなたは如何にして、涅槃を見るのか?

もし、涅槃を見たいのであれば、必ず、正確な方法で、四念処を修しなければならない。

正確に四念処を修する事は、悟道へ向かう、唯一の道である。

仏陀は言う:

「比丘たちよ!

この道は、凡夫をして、清浄に導く、唯一の道である。(《大念処経》、長部第22経)。」

四念処は、37道品の最初の基礎である。

仏陀が修した事のあるように、37道品は、我々をして、四聖諦を体験・証悟せしめる事ができる。

心が完全に煩悩を清らかに断じ除いた時、あなたはそれを、己自身で知る事ができるーー他人に教えてもらう必要はないーーというのも、涅槃は実相であり、あなた自身によって知られるものであるが故に。

ちょうど、比丘が誦する偈のように:「毎個人由他自見(一人ひとりは、自ずと自ら見る)」。

(1-20につづく)

    <Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。ご協力、よろしくお願いいたします。

<原題「身念処」Vipassana Bhavana 第二版 アチャン・ネン著 

中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>