Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。

「身念処」1-37

    <Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

1-4-4 苦諦

我々(の心身)が存在する限り、(+人は)常に、苦を受けねばならない。

これがすなわち、苦諦である。

そして、苦諦は、対処法がない。(苦々と行苦だけが、対処できる。)

心身は、いついかなる時も、どこにあっても、苦を受けているものである。

苦諦には、二種類の基本的形式がある:

1)煩悩の故に苦がある。これは、心苦と呼ばれる。

2)肉体があるために苦がある。これは、身苦と呼ばれる。

一番目の苦は、今生、この地において、vipassana を修する事によって阿羅漢果を証悟した時、苦を断じ除く事ができる。

二番目の苦、それは肉体の苦であり、今生では避ける事ができない苦である。

たとえ阿羅漢であっても、生きている間は、肉体的な苦は、擁している。

というのも、肉体は「果」ーー受胎して、生まれて来るならば、心身(集によって成るもの)があり、それ故に、苦を受けるのは、必然的な結果なのである。

心身は、輪廻による出生が齎した結果であり、無明、貪愛を因とする。

無明と貪愛を断じ除いた時(涅槃に円満到達する事)にのみ、再び生まれる事がなく、その時、初めて、五蘊身を避ける事ができる。

(1-38につづく)

   <Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

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<原題「身念処」Vipassana Bhavana 第二版 アチャン・ネン著

中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>