Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」5-119(117/431)

    <Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

(九)禅捨とは、最も上等な楽でさえも、偏しない事。この事は、以下のように形容する事ができる:

「彼は捨に安住する。」(《長部》;《法聚論》)

(十)遍浄捨とは、一切の障礙から浄化される事。障礙の止息に関心がない事。この事は、以下のように形容される:

「比丘は、不苦不楽に安住し、かつ、捨によって正念清浄となった第四禅に入り、住する。」

(《長部》)

ここにおいて、六支捨、梵住捨、覚支捨、中捨性捨、禅捨と遍浄捨は、究極的には同じ事を言っているのであり、すべて、中捨性心所である(+ことが知れる)。

しかしながら、それらの差別は、それらが、異なる時に生起するという点にある。ちょうど、一人の男の子は、青年になり、成年になり、将軍になり、国王になるのに、時期が異なるのと同じである。

故に、覚支の捨は、六支捨の中には見つける事ができない:六支捨もまた、覚支捨の中に見つける事ができないことを、知るべきである。

(5-120につづく)

    <Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。ご協力、よろしくお願いいたします。

<パオ・セヤドー「顕正法蔵」2008年中国語版→日本語訳出

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>