Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。

「身念処」1-62

    <Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>

1-8 不善根:悪行の根源(無明煩悩)

三個の不善根がある:

貪、瞋(=怒り)、痴(=無知)。

愛(好き)は、一種の貪であり、憎(好きでない)は、一種の瞋、怒りである。

愛と憎は、同時に発生する事はない。

貪、瞋、痴は、通常、煩悩と呼ばれるが、しかし、実際は、不善根であると言える。

これらの不善根には、10種類の煩悩があるーー貪には三種類、瞋には三種類、痴には四種類である。

各グループの不善根の最初の煩悩は、不善根自身であるーー故に、貪、瞋、痴もまた、煩悩である。

三種類の煩悩がある:

一番目は、粗い煩悩で:身業、口業。

二番目は、心の煩悩(蓋):妄想など。

三番目は、潜在的な煩悩。

(+それは)覚受の中に潜在する煩悩で、例えば「あなた」が座っている時、「あなた」は「あなた」が座っているのだという感覚を持て座っているーー(+座っているのは)色身ではなく(+「自分だ」と思ってしまう)、これが潜在的な煩悩である。

実相般若の作用は、煩悩を取り除く事であるが、煩悩がどこから生起したものであるかは、問わない。

煩悩の友達は、快楽(=楽しさ、楽しみ)であり、その敵は苦である。

快楽は智慧をして、苦の事実を忘れさせる。

煩悩は盗賊の様で、彼(=煩悩)を捉まえるためには、必ず、彼の巣穴を知らなければならない。そして、また、あなたは、彼がどのような顔をしているかを知らなければならない(もし、あなたが彼の特徴も知らず、彼の顔も知らなければ、あなたはどのようにして、煩悩を取り除くというのだろうか?)

そして、あなたは、彼がいつ家にいるのかを知る必要もある。

煩悩には六つの巣穴がある:目、耳、鼻、舌、身体、意である。

(1-63につづく)

    <Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

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<原題「身念処」Vipassana Bhavana 第二版 アチャン・ネン著

中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>