Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 2018年8月10日の翻訳をもって翻訳ワークは終了しました。                     コメント欄は利用OKですが、リトリートに入っている時は回答しません。。

「身念処」1-67

     <Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

1-9 サマタと vipassana 修法の違い

二種類の修行方法があり、それはサマタとvipassana 修法である。

サマタ修法

1)真実の自性は定で、平静な心の状態を生じる(+ことができる。)

2)修行の所縁は仮法(伝統的実相)で、それは例えば、何か一つの遍処を所縁とするようなもの(遍処の円形の盤を見る等)。

3)サマタの特徴は、掉挙の現象から遠く離れる事。

4)サマタの作用は、五蘊(ママ:五蓋の誤記か?)すなわち:貪欲、瞋恚、掉挙、昏沈と疑惑を降伏する事。

5)サマタの結果は、心の一境性。

6)サマタの効果は、心の無貪欲、かつ、サマタ(定)に対して満足と楽しさを感じる事。

7)サマタの利益は、この生において、三摩缽提(八個の次第の禅定)を成就できる事、心は無貪無瞋で、非常に清浄で、来世は梵天(梵界)に生まれる事が出来る。

8)サマタについて言えば、一度に一つの所縁と二つの根しかない。例えば目根と意根(例えば、遍処を観るまたは見える物を見る時)または鼻触と意根、それは例えば安般念(呼吸を観る事)である。

9)経典によると、修行者は、サマタの修行をすると決定した時、先に己がどのような種類の性行(性質の指向性)に属するかを理解しておく必要がある。

①貪の性行。

②瞋の性行。

③痴の性行。

④信の性行。

⑤慧の性行。

⑥覚の性行。

その後に、《清浄道論》を参考にして、修行者の性行に合わせて、それぞれ、対応する法門を選ぶ。例えば貪の性行に属する人は、不浄観を修習するのがよい、など等々。

(1-68につづく)

    <Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

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<原題「身念処」Vipassana Bhavana 第二版 アチャン・ネン著

中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>