Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 コメント欄はどなたも利用OKですが、リトリートに入っている時は回答致しません。

「身念処」1-71

    <Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

身・心は、vipassana修法の所縁である。それらは、受、心、法の三つの念処である。

受念処は、例えば:楽受、不楽受等;

心念処は、例えば:貪心、瞋心(=怒りの心)と痴心(=無知の心)等;

法念処は、例えば:心が聞いてる、心が見ている、妄想心など等。

この禅修センターでは、身念処の修行の方式は以下のようなものである:

主要な(粗い、明らかな)姿勢(歩く、立つ、座る、横になる)とその中間的な過程の姿勢が所縁となる。

中間的な過程における姿勢の微細な動作は、主要な姿勢を維持する事を支援することができる。これらの微細な動作とは、例えば:ゆっくり後退する、食べる、飲むなどの動作(付録Aを参照の事。最後の一ページに微細な動作に関する完全な紹介がある。)

心・身を(造成する)原因はなんですか?

身・心を造成する原因は煩悩であるーー特に無明と貪愛がそうである。

これが、すべての苦の根源である。

貪が存在するのは、我々が五蘊が苦である事を体得する事ができないからで、そうであるが故に、我々は五蘊の楽に妄執しているのである。

これを顛倒妄想と言う。

(1-73につづく)

    <Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。ご協力、よろしくお願いいたします。

<原題「身念処」Vipassana Bhavana 第二版 アチャン・ネン著

中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>