Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。

「身念処」2-4

    <Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>

2-2 実修

この種の修法は、各種の姿勢を念住する:それはすなわち、行・住・坐・臥である。

例えば、座っている時の「三心」--精進、正念、正知ーーは、座っている姿勢を覚照しなければならないし、また、それが座っている色身である事を、認識しなければならない。

三心(我々自身ではない)が座っている色身を観照している。

それはちょうど、舞台の上にいる演者を見ているように、観衆はただ演者に注目し、演者の行為や演出をコントロールする事はない。

演劇を見るのと、<今・ここ>に生きるのは同じ事であって、過去や未来に興味を感じない。

故に、修行者は、修行する時、演技を見ているようでなければならない。

例えば、修行者が座っている色身を観照する時、痛みが生じるが、その時、彼は座っている色身が痛いのだという事を知る。これは苦苦であるが、しかし、この時、苦受を観照してはならない。

というのも、今は身念処を修行しているのであって、故に、<今・ここ>において、我慢が出来なくて姿勢を変えざるを得無くなるまで、座っている色身の苦を何度も何度も観照しなければならない。このように実践すれば、修行者は、座っている色身の中に存在する苦諦を体験・体得する事ができる。

この事は、苦苦が色身から来るものである事(+を示しているが)、身・心とはすなわち、苦諦なのである。

(2-5につづく)

    <Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。ご協力、よろしくお願いいたします。

<原題「身念処」Vipassana Bhavana 第二版 アチャン・ネン著

中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>