Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。偶には<是誰庵のひとやすみ>にて日常の心模様独白。

翻訳番外編ーLedī Sayādaw

    <Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

緬甸の大禅師 Ledī Sayādaw(遷化) の著書「37道品導引手冊」の中に、修行者に参考になりそうな文言がありましたので、翻訳して紹介します。

仏陀は、このように述べる:

布施の行為を軽視する人、または布施をする人を軽視する人は、己の智慧の啓発に障礙を齎す(=智慧の障礙)。

戒律、禅定、智慧を軽視する行為(+をする人)、または修行を軽視する人には、いわゆる『法の障礙』が齎される。

もし、『智慧の障礙』が齎されると、この人は、権力、影響力、または財産を失い、現世、また来世において、赤貧の苦しみに会う。

もし、『法の障礙』が齎されるならば、この人は、言動や覚知のレベルにおいて、問題が生じて、今世か来世の内に、生存の価値を完全に失ってしまう。」

願わくば一切の衆生に、悟り、覚醒がありますように!

人間に生まれたという特殊な機縁は、上記に述べた邪法から抜け出すチャンスであり、今生において修行に努力して、未来の輪廻における四悪道に向かうのを阻止するならば、そして、止・観の修習に専心、奮闘する事ができるならば、何らかの(+ハラミツの)種を蓄積して、今世で苦痛から解脱するか、または未来の仏法の中で解脱する事ができる。

<Ledī Sayādaw著 「37道品導引手冊」p32抜粋・翻訳>

      <Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(パオ・セヤドーは、「菩提資糧」の中で、お布施を軽視するのを、未来における福徳の欠如、修行を軽視するのを、未来における智慧の欠如と言っています。Ledī  Sayādawと少し表現が異なるようです。)

        <緬甸パオ森林寺院/ヤンゴン分院所属/Pañña-adhika Sayalay>