Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 コメント欄はどなたも利用OKですが、リトリートに入っている時は回答致しません。

翻訳番外編~「偽比丘」の見分け方(2-2)

    <Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

南伝の出家者は、なぜ托鉢しなければならないのか?

物質文明が発達した今日においても、上座部南伝の出家者は、仏陀ご在世の当時に制定された行動規範に基づいて、三衣一鉢の生活を送っており、家々を回って、托鉢乞食をする。

過去、現在と未来の諸々の仏世尊はみな、托鉢乞食によって命を活かしたのであって、故に、外出して托鉢するのは、南伝の出家者が、仏陀の制定した、正しい命の活かし方であり、また、南伝の出家者として、実践しなければならない義務でもある。

托鉢乞食は、四聖種の中の一種である。

四聖種の意味は、出家者は、飲食、袈裟、住居、医薬という、この四種類の生活必需品に関して、(+どのようなものにも)満足しなければならない、という事である。

南伝の出家者に関して言えば、托鉢は修行の一種である。

出家者は、病気の時以外は、家族でない者、または血縁でない者に食べ物を要求してはならず、施主が布施してくれた、どのような食べ物にも満足しなければならない。

托鉢の実践は、驕慢を降伏する事もできる。

というのも、出家者は、己の生活に必要な衣、食、住、薬はみな、施主による布施に依存しなければならない事を知って、己には、何等自慢するべきものがないと自覚するからである。

出家者が外出して托鉢乞食するもう一つの意義は:

出家者が外出して乞食すれば、施主は布施をする事によって、善業を積むことができる。広大な民衆が三宝と善縁を結び、己の未来の為に、離苦得楽の善因を蒔く機会を与える事ができるのである。

同時に、出家者も托鉢を通して、仏法を宣揚する事ができる。

このように、托鉢乞食は、仏陀と諸々の阿羅漢が遊行して弘化する事を通して、広大な民衆を仏門に導く伝統的な方式なのである。

追補:出家者とは、沙弥(sāmaṇera)と、227戒を具足する南伝比丘(bhikkhu)を指す。

(2-3につづく)

     <Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

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<「偽比丘の見分け方」 中国語版→日本語訳出 

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>