Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

翻訳番外編~「偽比丘」の見分け方(4‐4)

     <Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

混合薬とは、異なる種類の薬を混ぜて、食用するものを言う。

混合した後の薬は、その中の最も期限の短いものを基準として、時間を計算する。

例えば、漢方薬の材料は、一般的には、終生薬に相当するが、しかし、もし、蜂蜜に混ぜたならば、7日薬となる。

もし、7日薬または終生薬を、食べ物に混ぜたならば、午前に服用しなければならない。

例えば、クコ、朝鮮人参、ニッケイ等の漢方の材料は、終生薬であるが、しかし、鶏肉と一緒に煮た場合は、非時に食する事はできない、等である。

南伝の出家者に供養するのに相応しくない物品としては、たばこ、酒、化粧品、香水、娯楽用品、ゲーム、武器、金銀、宝石、装飾品等がある。

仏陀は、もし、人が知っていながら、如法でない物品を、わざと如来または如来の弟子に布施するならば、”非福”(apuñña)を得る、と言う。

南伝の出家者は裸足で托鉢する為、三宝に敬意を表す為、施主は供養をする時に、靴を脱ぐべきであり、かつ、屈んで、自ら手に持って、供養品を出家者の鉢の中に入れるのがよい。

《増支部・五集・底甘陀品》の第147経の中において、仏陀はこのように言っている。

「以下の五種類は、善士の施である:

慇懃に布施する。

敬意を以て布施する。

自ら布施する。

捨てるのでない物を布施する。

業報を信じて布施する。」

もし、布施をする時、この五法を具備しているならば、施者に、長期に亘る豊かな利益と幸福を齎すことができる。

このことはなぜ、多くの敬虔な仏弟子が、出家者に布施をする時、いつも屈んで、かつ非常なる敬意をもって供養するのか、という問いの、答えでもある。

実際、このような行動は、出家者が必要としているのではなく、それは施者の必要によるものである。というのも、敬意をもって出家者に布施する事は、施者本人に、長期的な幸福と利益を齎すからである。

「・・・サンガに布施する功徳と果報は、計算する事ができない、衡量する事ができないものである。私は宣告する。個人に布施する功徳は、サンガに布施する功徳より、永遠に勝ることはない。」《中部・施分別経》

(4-5につづく)

    <Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

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<「偽比丘の見分け方」中国語版→日本語訳出

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>