Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 2018年8月10日の翻訳をもって翻訳ワークは終了しました。                     コメント欄は利用OKですが、リトリートに入っている時は回答しません。。

翻訳番外編~「偽比丘」の見分け方(4-8)

    <Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>

一般家庭におけるサンガ施

南伝の出家者は、早朝、衣を着用して、人々のいる場所に行って托鉢する以外、その日の朝、未だ誰かの要請を受けていないならば、出家者は、施主の要請を受けて、その人の家に行って、供養を受ける事ができる。

これは、現代では<一般家庭での供養(house dāna)>と言う。

これもまた、仏陀の時代に、信徒たちが仏陀とその弟子たちを供養した方法でもある。

出家者に要請して、己の家に来て供養を受けてもらうのは、非常に簡単で、実際の一般家庭においてサンガ(+or僧侶方)の供養をしたいと思う施主は、以下に書く事を参考にされたい。

南伝の出家者は、俗人の家に処する時、行く時、留まる時、座る時、食事する時、説法する時等々、非常に多くの行動規範があって、決められた威儀を守れなねばならない。

故に、以下の事に関して、施主は注意を払う必要がある。

すなわち:

1、施主は、己自身の願望と能力に従って、一人のまたは大勢の出家者を、自分の家に招いて供養することができる。

通常、施者は、少なくとも4人の僧侶方を招いて、サンガ施(saṅghika dāna)をする事が多い。

というのも、四人以上の比丘がいて、初めてサンガと呼べる、という理由がある為に。

しかしながら、ただお一人、またはお二人、または三人を招いたとしても、問題はない。

施者が供養する時に、心の中で: ”尊者(方)は、サンガが派遣した代表である” と思うか、または、供養する時に、サンガの要素と美徳を思惟すれば、サンガ施は成立する。

2、まず施主は、出家者に能動的に、招待の件を申し出なければならない。要請する時、留意しなければならないのは、出家者に以下の事を言ってはならない、という事である。

”私の家に来て、食事して下さい、麺を召し上がって下さい、またはpizzaなどの名称・・・”

相談して、適当な日時と時間を決めたならば、当日、迎えに行かねばならない。

南伝の出家者は、戒律によって、女性と同行する約束をする事ができないので、男性に対して約束し、男性に同行してもらう必要がある。

また、男性の運転する車で送迎する。

もし、女性の運転する車で送迎するのであるならば、男性が一人、同行しなければならない。

出家者は単独で女性と車内にいる事は許されない。たとえ出家者が車の後部座席に座っても、戒律違反である。

3、出家者が今だ到着する前、尊敬を表す為に、施主は、家を綺麗に掃き清め、出家者が清潔な場所で食事ができるようにする。

施主は先に、出家者の座る場所を用意しておく必要があるが、(+出家者は)椅子に座ってもよいし、床に座って、胡坐をかいてもよい。

しかし、伝統的に、または個人の修行の内容によって、ある種の出家者は、通常、高い足を持つ椅子に座らない。ある種の出家者は、手で食事し、または”一座食”を実践する。

”一座食”とは、食事をする時、一度座ったならば、食事が終わるまでそこを動かない事を意味する。故に、出家者の座席の横には、手を洗う為の綺麗な水、ハンドソープ、石鹸、お盆、ナプキンやゴミ箱などを用意して、出家者に使って頂くのがよい。

4、病気でない出家者は、履物を履いて俗世間に出かける事が出来ないので、家の前には、足を洗う水と足を拭く雑巾を用意して、裸足で歩いてきた出家者が、家に入る前に足を洗えるようにする。

5、出家者が施主の家に到着したならば、施主は自ら出家者の為に足を洗い、拭いて差し上げるのがよい。この行為は、己自身にとって、非常に殊勝な善業を積むことができる。出家者が家に入ったならば、尊敬を表す為に、施主は、出家者に座る事を勧めるべきである。

(4-9 につづく)

    <Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

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<「偽比丘の見分け方」中国語版→日本語訳出

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>