Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

翻訳番外編~「偽比丘」の見分け方(4-13)

    <Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

12、施主は、出家者に先に食事を始めてもらう。

施主は、出家者と同じテーブルについてはいけないし、出家者が食事をしている最中に、説法を要求してもならない。

静粛を保ち、出家者に安心して食事して頂く事。

13、出家者が、余っている食べ物を、在家に対して、食用してもよいと言うまで、施主は出家者の前に並んだ食べ物に手を触れてはならない。

というのも、在家が一たび、これを持ち去りたいという思いで食べ物に触るならば、出家者はこの食べ物を食する事ができなくなるからである(再度手で授与すれば、食べられる)。

ただし、なにがなんでも持ち去ろうという気持ちではなくて、ただ奉仕の気持ちで、出家者にご飯を足したり、おかずを足したりしたいだけであったならば、それは可能である。

ある種の伝統では、上記の場合、慎重を期して、食べ物をもう一度、手でもって授与するようにする事がある。

”一鉢食”を受持している出家者は、すべての食べ物を一つの鉢の中に入れてしまい、己自身は、鉢の中の食べ物しか食べず、鉢の外の食べ物は、施主の処理に任せる事がある。

出家者に供養した後、施主も食事を始めてもよい。

しかし、緬甸(ミャンマー)には一種の伝統があって、彼らは出家者が食事を済ませ後に初めて、自分の食事をするのを好む。

というのも、彼らは出家者が食事をしている、この機会を利用して、奉仕の行動を通して、功徳を積む事ができる(+と考える)からである。

彼らは、出家者の為に食べ物を運び、手を洗う水を用意し、ナプキンを渡し、必要があれば、彼らは出家者の為に団扇を扇いで、涼風を送る。

このような良き伝統は、己自身が更に多くの善業を積みたいと思う者にとっては、見倣ってもよいものである。

(4-14につづく)

    <Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

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「偽比丘の見分け方」中国語版→日本語訳出

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>

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