Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。

「身念処」2-25

    <Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>

2-3-3-1 修行者が己自身へ発するに適した質問

1)座る色身は常であるか、無常であるか?

無常である。

2)我々は、なぜ、無常であることが分かるのか?

苦が常に我々に色身(+の姿勢)を転換させるように迫るが故に。

3)何が苦を生じせしめているのか?

身・心があるが故に。

4)心ー常であるか、無常であるか?

無常である。

5)我々は、なぜ、無常である事が分かるのか?

心は、一個の所縁に永遠に安住する事が出来ず、妄想心が生起するが故に。

6)心は、苦であるか、苦でないか?

心は苦である。

7)心が苦である事を如何にして証明するのか?

心は一か所に安住できないが故に。

身・心は、無常であり苦であり続ける。それらは無我である。というのも、それらはコントロールできず、(+故に)「私」ではない。

あなたがこの事を体験・証悟するならば、法を見たことになる;あなたが見ている法は、苦であるし、あmたそれは苦諦を体験・証悟することへと導くことができる。苦諦とは、暫定的に身・心の苦を治するこという。身・心は迅速に生・滅しており、これは我々にとって、改変することのできない事実である。

8)座る色身とは何か?

姿勢全体または我々が座っている、その様子自体が色身である。

9)何が座る姿勢を観照しているのか?

座る姿勢を観照しているのは、「あなた」ではなく、三心(精進ー正念ー正知)である。

(2-26につづく)

     <Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。ご協力、よろしくお願いいたします。

<原題「身念処」Vipassana Bhavana 第二版 アチャン・ネン著

中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>