Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

「身念処」3-11

    <Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hot> 

10、審察随観智

此れより前の、いくつかの観智において、畏怖が生じる事によって過患を知り、厭離が生じ、それによって、身・心から解脱して、脱出したいという欲が誘発された。

この智は、身・心の解脱を欲する結果、修行者は、解脱の道を見つけ出したいと切に思うようになるーーしかし、実際にはどのように実践していいのかを分からず、心中の三法印を体験・体得したいと思い、身・心から脱し、離れたいという一種強烈な感覚が生じる。

この種の、解脱したいという欲求は、第7、第8、第9の階智を源にして生起する。この三つの階智が一つになると、非常に明覚で、鋭利な般若の智慧と、煩悩を断じ除きたいという欲求を誘発し、何とかして解脱の道を探し求めたいと思うようになる:生死輪廻から脱し離れる事ができて、かつ未来へと伸びている道を。

この智においては、修行者は、前のいくつかの階智に比べて、更にしばしば三法印を見るようになる。というのも、身・心の無常・苦・無我が見れば、苦を滅したいと言う強烈な欲求が誘発されるが故に。

仏陀は、三法印だけが、人をして苦痛から出離させる、と言う。一人の修行者は、これまで一度も三法印を見たことがないのであれば、生死輪廻を脱する事はできない。涅槃へと至る唯一の道は、身・心を無常・苦・無我である、と見做す事である。)

(3-12につづく)

    <Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

菩提樹文庫>までお知らせ下さい。ご協力、よろしくお願いいたします。

<原題「身念処」Vipassana Bhavana 第二版 アチャン・ネン著

中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>