Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 2018年8月10日の翻訳をもって翻訳ワークは終了しました。                     コメント欄は利用OKですが、リトリートに入っている時は回答しません。。

「身念処」3-14

    <Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

13、種姓智(行道智見清浄)

この智は、道智(第14階智)に向かう道刹那によって誘発される所の智慧であり、また、この智の、前の段階の、その他の階智と異なる所は、この智は、涅槃を所縁としている事(出世間)である。

しかし、心は、なお、世間に属する。

これ以降、二度と、身・心を所縁とする事はないが、しかし、この智は、なお出世間には、完全には到達していない。一つ前の階智の心と所縁は、みな世間に属する。

この階智においては、心の智慧は修行者をして、凡夫から聖人へと変化せしめる。これは、生死輪廻の中で、心が初めて、涅槃を所縁としたもので、涅槃を所縁としてはいるものの、しかし、この智慧では、完全に惑を断つことは、できない。

アチャン・ネンは、この智は、ちょうど何かの仕事を始めたばかりの人のようで、彼は自分の仕事に対して、完全には、習熟していないのである、と言うーーこれが、この智が、なぜ、惑を完全に断じきれないのか、という理由である。

(3-15につづく)

    <Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

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<原題「身念処」Vipassana Bhavana 第二版 アチャン・ネン著

中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>