Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

「身念処」4-1

    <Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>

第四章 総論

「ゴータマ大師、

何の因によりて、何の縁によりて;

なぜ、如来が滅度した後、聖教は常に存する事ができないのか?

また、ゴータマ大師、

何の因によりて、何の縁によりて;

如来が滅度した後、聖教は常に存する事ができるのか?」

「婆羅門よ、これは実修がないためである;

多く度々、四念処を修行しないが為に、如来の滅度の後、聖教は、常に存する事ができないのである・・・。」

      (相応部ーニカーヤ、大品)

(4-2につづく)

    <Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。ご協力、よろしくお願いいたします。

<原題「身念処」Vipassana Bhavana 第二版 アチャン・ネン著

中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>