Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

FDC資料「37道品ハンドブック」2-15 Ledī Sayādaw著

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

(以下の翻訳文は、福岡ダンマセンターの法話会に供する為の資料です)

禅定とvipassanaを修習していながら、現時点で、徹底的には証悟できていないとしても、もし、修行者が己の心霊(=心)をコントロール(制御)して、なんであれ、(+心の)専注力を(+息または身体の)どこかに安住させることができるならば、仏陀の教えによると、この修行者は、不滅なる涅槃の法味を味わう事ができる。

「身念住に沈潜する修行者は、涅槃の楽を享受することができる。」(《増支部》不滅品・第20経)

ここにおいて、涅槃とは、心霊の大いなる平静または徹底的な浄化を言う。

原始の状態から見て、心霊の傾向は非常に不安定である。

そしてその本質は焦燥的である。

ちょうど、唐辛子の種の中に住んでいる虫は、唐辛子の辛さをしらないが如くに、愛欲を追いかける衆生は、驕慢と憤怒の焦燥を知らない。

故に、衆生は、心霊が不安な時の、焦りの熱を知らない;

ただ、身念住を通して、心霊の不安が解消した時にのみ、(+衆生は)不安な心霊の焦りの熱(+の実体)を知るのである。

(2-16につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。ご協力、よろしくお願いいたします。

<「37道品ハンドブック」Ledī Sayādaw著 中国語版→日本語訳出 

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>