<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>
5、等無間縁(samanantarapaccayo)
等無間縁は、無間縁と同じである。
まったく同じであるのに、なぜ同じことを重複するのか?
たとえば、心(citta)、意(mano)、識(viññāṇa)は、みな同じ意味であり、パーリ語でも同じ意味である。
ある時、あなたが識と言っても、聴衆が分からないならば、心と言い換えてみる。衆生が更によく理解できるように、仏陀は時々、異なった名詞でもって、同じ意味の事柄を説明したのである。
ちょうど、等無間縁と無間縁のように。
(6-1につづく)
<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>
(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、
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<『24縁発趣論』スシラ・サヤレー著 中国語版→日本語訳出
翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>