Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 2018年8月10日の翻訳をもって翻訳ワークは終了しました。                     コメント欄は利用OKですが、リトリートに入っている時は回答しません。。

FDC資料「37道品ハンドブック」6-6 Ledī Sayādaw著

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

(以下の翻訳文は、福岡ダンマセンターの法話会に供する為の資料です)

ここにおいて、「五力」と相対応する所の、五種類の不善法の意味・意義を説いた。

この五種類の、相対応する不善法とは:

一、貪欲。

二、怠慢または痛みを受け止めるに無力である事、または対応しなければならない問題に対して、無畏の力に欠けている事。

三、失念。

四、散乱。

五、迷いと惑い。

これら五種類の悪業を退治する事のできる五種類の法を、「力」と言う。

もし、(+修行者の中に)「五力」の中の一つでも脆弱なものがあると、ちょうど「未了行者」のように、「禅定」と「直観(=vipassana)」において、成就を獲得することができない。

故に、ある種の人々が、貪欲の領域から抜け出す事ができるのは、彼らの「信力」が強くて力があるのが原因である。

彼らは、財産、食事、色(=身体)と世間的尊厳と栄誉への執着から抜け出している。しかし、彼らは、他の四種類の力において、欠陥があるが故に、円満具足の境地に至る事はできない。

ある種の人々は、貪欲、怠慢の領域から抜け出すことができる。これは、彼らの「信力」と「精進力」が、強くて力があるが故である。

彼らは、持続的に善法を順守するーーすなわち、樹下住支及び頭陀行を。

しかし、彼らは、その他の三種類の力において欠陥があるため、「身念住」を修習したり、または「禅定」と「直観(=vipassana)」を修行する能力は、無いのである。

(6-7につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。ご協力、よろしくお願いいたします。

<「37道品ハンドブック」Ledī Sayādaw著 中国語版→日本語訳出

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>