Sayalay's Dhamma book

長年、当ブログにおいて逐次公開しましたテーラワーダ系仏教書翻訳文は、<菩提樹文庫>にてPDF版として、正式に公開されています。<菩提樹文庫>WEBをご閲覧下さい。

FDC資料「37道品ハンドブック」10-16 Ledī Sayādaw著

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

(以下の翻訳文は、福岡ダンマセンターの法話会に供する為の資料です)

戒・定・慧の三学、「戒清浄」等の「七清浄道」及び「念住」、「正勤」、「如意足」、「精進」、「力」、「菩提支」、「道」の「37道品」はみな、法の遺産であり、生々世々、代々彼らの内心で日ごとに豊かになって行く。

彼らについて言えば、「聖典」、「行道」、「洞察」の三学は、多くの累劫を経てもなお、持続的に強化されていく。

彼らは、いまだ輪廻の中において、人類、天人、梵天の楽しさを享受してはいるが、彼らは、己の導師を変更しないし、帰依(+の対象)も変更しない。

出世間または聖者の領域にある衆生は、なお、輪廻の内に漂流するが、しかし、彼らは、二度と再び、輪廻の悲しみと苦しみの輪が彼らに影響を与える事はないし、回転する巨大な輪の中で、沈み、窒息し、困窮し、漂流する事はない。

彼らはすでに、涅槃の第一段階ーーいわゆる「有余涅槃」の真実なる衆生である。「初級レベルの預流」聖者の楽しい生命の形態を経て、彼らは必然的に「無余涅槃」の境地に到達することができる。

止まる事を知らない輪廻の内に、すべての智者、天人、梵天は、唯一「一切智仏」の真正なる子孫になることによってしか、「決定」の衆生になる事はできないし、そのようにして初めて、仏法僧に会うという希望も生まれる。

彼らは戒律を受持する必要がある。というのも、この種の行為を通して、仏法僧に会える事を望んでいるが為に。

ここにおいて、我々は仏法における「決定」の継承者は、正道を離れてはならないのだ、という説明を終えた。

仏陀は《経蔵》、《論蔵》の中で、この道に関して、何度も言及している。

彼は以下のように言う:

「三結の縛を解いたために、この修行者は、『37道品』の継承者となった。彼は更に高いレベルの道果において、止息した。」

(三結の縛とは、「身見」、「疑」と「戒禁取」である;その内、「身見」は根本的な、または主動的な要素である)

ここにおいて、我々は「未定」の継承者と「決定」の継承者に関する説明を終えた。

(10-17につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

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<「37道品ハンドブック」Ledī Sayādaw著 中国語版→日本語訳出 

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>