Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

FDC資料「37道品ハンドブック」11-1 Ledī Sayādaw著

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

(以下の翻訳文は、福岡ダンマセンターの法話会に供する為の資料です)

<付録一>

第十一章 「無我」を証入する利益

今、私は「無我」を証入した時に生起する利益について、説明する。

もし、一人の修行者が、明確に「無我」の特徴を覚知する事ができたならば、彼は「預流果」の境地に到達することができ、その事によって「我見」または「身見」を断じ除くことができる。

「無我」の証入と過去の業

尽きる事のない、長い輪廻の中において流転する衆生が、仏教に出会う事は非常に希な事である。

百千万劫の中において、彼らはいつも仏教に出会うことなく、仏陀の教えを聞く事もない。

無数の世と劫数の中において、衆生は先の悪業と過ちによって苦しむ。

故に、衆生の作意・思惟の中において、これら無数の業は、常に彼らをして、無間地獄に落ちらせしめる。

同様に、これら尽きる事のない業もまた、彼らをして、等活地獄及びその他の地獄に落ちらせしめるか、または、餓鬼、阿修羅、畜生などの方式でもって再生する。

(11-2につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。ご協力、よろしくお願いいたします。

<「37道品ハンドブック」Ledī Sayādaw著 中国語版→日本語訳出 

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>