Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

「テーラワーダ仏教在家居士帰依戒律ハンドブック」2-15(50 /230)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

「すでに未覚を打ち破って覚悟(=悟り)を獲得した者を仏陀」となす」ーー上記の語彙は、菩提(buddhi)、菩当((buddhaṃ)、鉢多(bodho)などと関係がある。

青、赤から派生して、青い布、赤い布などの言葉が生じるように、(+仏陀の徳を知らしめるために)「覚悟の徳に相応する者は仏陀となす」等と言う。

上記は、語彙から仏陀の解説をしたものである。

 

(帰依行為と帰依行為を行う者について)

帰依行為などに関して(+の話題の中で)、(帰依処)という言葉がみえる時ーーまさに「它殺(ママ)(=それが殺す、彼が殺す)」を帰依(saraṇaṃ)というが、それはすなわち、「すでに帰依という行為を実践した者は、その帰依の行為によって、畏怖、戦慄、痛苦、悪趣、煩悩を殺害し、破壊し、消滅せしめる」と言う義である。

または、彼は、諸々の有情の畏怖を殺害して、利益に転じ、不利益を阻止するのを「仏陀」となす;

三つの有(bhava)である砂漠を越えて、安穏を与えるのを「法」と言う;

為す事(布施、供養、敬いの機会)少ないが、大果を得る原因となるのを「僧(=サンガ)」という。

このような事であるが故に、このような方式で、この三宝を「帰依(処)」と言う。

(2-16につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。ご協力、よろしくお願いいたします。

<「テーラワーダ仏教在家居士帰依戒律ハンドブック」

中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>