Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。

★飛び入り翻訳~『24縁発趣論』9-3

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

たとえば、我々の前世の伴侶は、我々の現在の、一目ぼれする相手としての、親依止縁となる事がある。

仏陀の時代、多くの修行者は、たとえば、池に咲く白い蓮の花を見て「白、白、白」と専注するだけで、禅定・・・初禅から四禅までを、得ることができた。

これはどういう事かと言うと、彼の過去における修行の累積(+が発現)したものなのである。

過去の経験は、現在に生きる我々の内において、非常に早くジャーナを得させしめる所の、親依止縁となるのである。

これは、また、なぜ仏陀の時代に、多くの比丘と比丘尼が、仏法を聞くだけで悟ったのかという、その理由の説明でもある。

というのも、彼らは累劫、累世の内に、ある種のレベルまで修行を済ませていたからである。

彼らはどうしてその(+遠い昔の)時に、証悟しなかったのか?

その内に一つの理由は、ゴータマ仏に会いたいという発願をしたからである。

ちょうど、今回の生で阿羅漢になる事ができる人が、次の尊仏に会いたいが為に、それを放棄する事があるように。

もう一つの理由は、(+ある種の人々は)過去世において、仏陀の上首(=上席)弟子、大弟子になりたいと、発願したからである。

■未来

我々は皆知っている・・・次の未来仏は弥勒仏である事を。

多くの人々は、未来において、弥勒仏に会いたいと願っている。

ある種の人々は言う:

「この世(=今回の生)で、阿羅漢になりたくない」と。

なぜか?

彼は弥勒仏に会いたか、または、弥勒仏の大弟子になるか、または一般の弟子等になりたい、と思っているのである。

その為、阿羅漢になるチャンスを遅らせても、心願成就を、願っているのである。

この場合、弥勒仏は、この修行者の未来における自然親依止縁となり、彼の道・果の証悟のチャンスは、未来に引きのばされる事になる。

ある種の人々は、智慧第一の上首弟子になりたいと、発願する。

というのも、彼は経典の中において、シャーリープトラ尊者の言動、品徳、修養と智慧を読み取って、一種の敬愛・尊敬心を生じせしめ、己自身もシャーリプトラ尊者と同じように、某仏陀の上首弟子になりたい、と希望するからである。

過去のシャーリプトラ尊者の行為、道徳、修行など等が、この人にとって、未来において、智慧第一の上首弟子になるよう、この種の願いを発願せしめる事になるが、これは未来において、自然親依止縁になるのだと言える。

(9-3につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

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<『24縁発趣論』スシラ・サヤレー著 中国語版→日本語訳出 

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>