Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

★飛び入り翻訳~『24縁発趣論』15-4

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

仏陀はこの事を、皮膚の無い牝牛に、譬えている。

たとえば、一頭の牛がいて、生きたまま、その皮を剥ぐとすると、この牛がどこへ行こうが、多くの細菌と虫が血肉(+の栄養を吸って)、その中から湧いて出てくる。

塵、砂なども血肉に粘着するし、草木にぶつかれば、耐え難いほど痛いであろう。

地面に這えば、地面にいる虫に咬まれるし、水に入れば、水の中にいる虫に血を吸われるし、他のものに触れないよう立つにしても、空中を飛んでいるアブなどに咬まれる。

皮膚の無い牛は、横になっても立っていても、耐え難い苦痛に襲われる。

どこに立っても、壁に沿っても、木の下でも、水の傍でも・・・そこに住んでいる動物が、その牛を咬むに違いない。《相応部12:63経》。

六根が六塵に触れるとき、我々は眼触、耳触、鼻触、舌触、身触及び意触に晒され、かつ、その次には(+それが)強化され、また、三種類の受が生起することになる。

この三種類の受によって、我々は圧迫を受けており、それは、我々をして不断に不善心を生起せしめ、よって、輪廻を延長させる事になる。

(15-5につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。ご協力、よろしくお願いいたします。

<『24縁発趣論』スシラ・サヤレー著 中国語版→日本語訳出 

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay(2018年5月25日クムダ・セヤドーより

正式に初心者瞑想指導の許可を得る)