Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

★飛び入り翻訳~『24縁発趣論』24-3

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

縁起の第一支は「無明縁行」である。

無明とは何か?

無明の特徴は、心の盲目性、または無智、智慧がない事、である;

その作用は、迷い、惑う事である;

現起(現象)は、隠蔽、または目標の真実法を、徹底的に知ることができない、である。

というのも、無明は、我々の智慧を隠蔽し、我々をして、欲楽の禍をはっきりと見ることができないようにさせ、また、世間の一切の法は、みな生・滅して無常であるという事を、はっきりとみる事ができないように、するからである。

経蔵によると、無明とは、四聖諦を知らない事を言う;

アビダンマによると、無明には八ある;

一、苦諦を知らない。

二、集諦を知らない。

三、滅諦を知らない。

四、道諦を知らない。

五、過去の五蘊を知らない。

六、未来の五蘊を知らない。

七、過去の五蘊と未来の五蘊を知らない。

八、業力及びその果報を含む所の、因縁の法則を知らない。

実際、無明は、上に述べた事柄を、知らないだけではなく、錯覚も含まれる。

どのような錯覚か?

我々は以下において解説するが、まずは「無明縁行」の説明をする。

「行」は三種類に分けられる、すなわち;

非福行、福行と不動行である。

(24-4につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。ご協力、よろしくお願いいたします。

<『24縁発趣論』スシラ・サヤレー著 中国語版→日本語訳出 

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>