Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。

般若の独り言~日本大乗仏教の問題点

私は、子供の頃より、仏教に多大な関心があり、長じてはタイ、緬甸の森林寺院にて、ダンマを学び、止・観の修行をしてまいりました。

子供心に、日本の大乗仏教を大いに不審に思っていましたが、その一つは《出家比丘が結婚して家庭を持つ》という、不思議な現象と、もう一つは、日本の仏教界が、《無常・苦・無我》についてほとんど触れない事、に対してでした。

今、日本の大乗仏教は壊滅状態にある、と考えます。

(1)日本の大乗仏教は輪廻を否定して、断滅論を取る(駒澤大学一部教授等)。(しかし、葬式、お墓の管理、法要には熱心である。特に僧侶が、死者に戒名をつける行為は、有料でもあっても、無料であっても、何の意味も意義もない)

(2)輪廻を否定した先に、仏教の存在価値はない(輪廻には刹那輪廻と段生輪廻があり、その片方を否定しても、両方を否定しても、仏教ではない)。

(3)日本には、戒律を守り、修行に専念する比丘(+比丘尼)サンガが、ない事。

(4)本来、個人の心の解放を旨とする仏教が、国を守る、集団を守る《護国仏教》となっている。

(5)僧侶が結婚する事によって、寺院が<凡夫の家庭>と同レベルのものになっていて、信者離れがひどい(江戸時代はそれでよかったかも知れないけれど、情報の発達した現代では、他国のサンガを見るにつけ、それは受け入れられない)。

(6)大乗仏教者は、大乗経典は、ゴータマ仏陀涅槃500年後に展開された大乗仏教運動の中から生じた経典である事を踏まえ、原始仏教から大乗仏教成立までの歴史の上に立って、全面的に包括的に仏教を理解する必要性を、無視してはならない。

以上、思いついた六項目を、列記してみました。

仏法は個の真の自立、心の解放を説くのであって、国家・権力に組みしない。

ゴータマ仏陀は、成道した後、帰国して国王になる事はなく、王権を放棄して、生涯一沙門として布教に専念した事に、その精神を読み取るべきだと思います。

  

    <緬甸パオ森林僧院/ヤンゴン分院/Pañña-adhika Sayalay般若精舎>