Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

★飛び入り翻訳~《基礎発趣論(業縁と果報縁)》1-4

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

(三)《基礎発趣論》紹介の範囲

《基礎発趣論》の法義は、非常に精彩豊かなものであるが、(+緬甸語から中国語訳の担当者の都合によって)全編を訳出する事ができない。

故に、《基礎発趣論》の「24縁」の内の、最も重要と思われる、また読者が最も関心を寄せるであろうと思われる、17講の内の、第7,8,9講、すなわち、「業縁と果報縁」の部分を(+緬甸語から中国語に)翻訳して、紹介したいと考える。

1、「業縁」と「果報縁」の定義

「業縁」と「果報縁」の定義をする前に、先に「業」、「果報」と「縁」について説明する。

一般的には、「業」とは、一切の善、悪、無記の身・口・意における、行為と造作を言う。

しかし、仏法上の専門用語として用いられる時、「業」は、思心所、または意志力を指す言葉となる。

あなたが何かの行動をする時、一塊の意志の力が、背後であなたを突き動かしている訳であるが、この、あなたの心理の上に生じた、すなわち、造作された意志力は、「業」と呼ばれる。

(1-5につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。ご協力、よろしくお願いいたします。

<《基礎発趣論(業縁と果報縁)》 中国語版→日本語訳出 

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>