Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。

★飛び入り翻訳~《基礎発趣論(業縁と果報縁)》2-14

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

臨死業(=臨終業)

(āsannakaṃママ

臨死業は、臨終の時に造(ナ)される業でる。

たとえば、二人の敵がいて、双方共に瞋恚の心を持って戦い、武器でもって、相手を打ち倒したならば、この行為を臨死業と言う。

もし、他に重業がなければ、次の生の果報は、必ずや、この臨死業の果報となる。

またたとえば、法友が、病人に経を回向したいと思い、法師を呼ぶなどし、または、病人に仏法を説いて聞かせる等したなら、これもまた臨死業である。

ある一つの物語を例にとる。

ある時、仏陀が説法をしていると、一匹の小さなカエルが、仏陀の説法の法音を聞いていた。

もちろんカエルには、内容を理解する事は出来なかったが、心が爽やかになったので、そこに留まってしっかりと聞いていた。

これは善業に属する心である。

この時、牧童がいて、自分の杖を地面に突き刺したが、不注意から、小さなカエルを、生きたまま突き殺してしまった。

このカエルの臨死業は、聞法の善業である為、カエルは、天界に生まれて、天人になったのである。

(2-15につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

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<《基礎発趣論(業縁と果報縁)》 中国語版→日本語訳出 

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>