Sayalay's Dhamma book

長年、当ブログにおいて逐次公開しましたテーラワーダ系仏教書翻訳文は、<菩提樹文庫>にてPDF版として、正式に公開されています。<菩提樹文庫>WEBをご閲覧下さい。

★飛び入り翻訳~《基礎発趣論(業縁と果報縁)》2‐20

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

Natthi dānaphalaṃ devo avaso 

devo vīriyo

Bālehi dānaṃ pauuattam 

paṇḍitehi paṭicchitaṃ

「いわゆる布施の功徳利益、及び果報というものは、ない。

いかなる精進も、利益を得る事は、ない。

布施は、なんらかの功徳を得る事ができるという言い方は、孤独で寡聞の人間が、いう事である。

これらの狡猾な人間は、供養を得たいが為に、このように衆生を、教化するのであり、実際は、何らの利益も、果報もないのです。」

Sattime sassat ā kāy ā acchejjā avikopino

Tejo pathavī ā po ca vāyo sukhaṃ dukhaṃ jīve

(全体ママ)

「地・水・火・風、楽、苦、生命等の、七つの大きな元素は、誰もそれを変える事はできないのです。

それは、恒常な自然法則であり、誰もそれを破壊することはできない。

たとえば:

一人の人間を殺すとして、それは、実際は、ナイフが地・水・火・風、楽、苦、生命等の、七つの大きな元素を通過しただけであり、殺人が起きたわけではないのです。

人々が無知であるため、それは殺人と呼ばれますが、実際は誰かが誰かを殺す事はできないのです。

というのも、死は自然なる常法であり、故にその人が死んでも、殺されたが為に死ぬ、という事はないが故に。

これは自然の法則なのです。」

(2-12につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

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<《基礎発趣論(業縁と果報縁)》 中国語版→日本語訳出 

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>