Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 コメント欄はどなたも利用OKですが、リトリートに入っている時は回答致しません。

「テーラワーダ仏教在家居士帰依戒律ハンドブック」 5-2

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

(4)

問:<三帰依の内容>において言われる、布施されるべき者(応施者 dakkhiṇeyya)とは、何ですか?

答:当該の経の復註では、「応施者に礼拝する」という句を解説するに、「施を受けるべき、また、(+その)性(+質)によって、礼拝される」と書かれている。

「応施者(dakkhiṇeyya)--布施(+を受け取るの)が可な者、布施をするのに値する者、とも訳せる。

《清浄道論》では、:「『施与』とは、来世があると信じるが故に、(施与とは)布施するに可な布施である、と解釈している。

当該の(僧)は、布施に値し、または布施する事に利益がある;

というのも、それは大果が得られ、この種の(布施)は浄化される故に、『応施者』という。」

このことから、「応施者に向かって礼拝」という言葉の内の「応施者」とは、敬虔な心で礼拝する所の、宗教的対象ーー宗教師または、その他の宗教の神などを言う。

(5)

問:帰依を破った時、どのような懺悔をすれば、よいですか?

答:懺悔は必要ありません。

再度、三帰依と五戒を求め、受けて下さい。

そうすれば、在家信徒としての身分は、回復します。

(6)

問:再度、三帰依を受ければ、よいのではありませんか?

なぜ、再度改めて、三帰依と五戒を求め、受けるように、と言うのですか?

答:仏陀はかつて、こう言いました:

已に仏に帰依し、法に帰依し、僧に帰依した者は、在家信徒である、と。

しかしながら、仏陀はまたこうも言いました:

在家信徒は、五戒を守り、五種類の不適切な生活・生計の様式(邪命)を、捨棄するべきである、と。

ある長老は以下のように言います:

三帰依は、五戒(+を実践する事)によって、存在する。

もし、一人の人間が五戒を破ったならば、彼の三帰依は、自然・当然に無効になる。

唯一、すでに道果を証悟した聖者のみ、彼らの帰依のみが、不動揺で、堅固なのである。

(5-3につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

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<「テーラワーダ仏教在家居士帰依戒律ハンドブック」 

中国語版→日本語訳出 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>