Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

★飛び入り翻訳~《基礎発趣論(業縁と果報縁)》2-30

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

次にまた、言った:

「父王!

子細に考えてみて下さい。

後宮のあの華麗な方たち、彼女たちの身分の高貴さ、毎日の衣・住と着る物の華麗さ、住まいの立派さ、すべて人より高級です。

しかし、この事は、ウクナの言う定命論でしょうか?

彼らは一生、このように幸福でいられるものでしょうか?

父王!どうかよくお考え下さい!

これらの業の果報は、彼らが彼らの過去世における善業が熟した為であって、その事によって、初めて、このようにあるのです。」

国王は、ウクナの邪見を捨てる事無く、ルサーが必死に説いた、14 の生の、因果業報の関係を信じなかった。

また国王は、王女のこれらの話を、このように思ったのである:

「私の娘ルサーは、なんとおしゃべりが上手なんだろう!」

彼は、ルサーの物語を笑顔で聞きながら、これらの物語は、ルサーが、彼が、彼の知見を捨て去るようにと、独り考え出した、架空の物語だと思ったのである。

国王は、ウクナの邪見を放棄する気になれなかった。

というのも、この定命論は、前世、未来世がなく、因果応報がないが為に、己の好きな事を好きなだけやれたからである。

ルサー王女の祈祷

ルサーは、自分が父王の邪見を捨てさせる事ができないのを知ったが、しかし、彼女は、諦める事はなかった。

彼女は非常に敬虔に、合掌して祈祷した:

Etassa guṇe asati mama guṇena 

mama silena

Mama saccena idha āgantv ā 

imaṃ micch ādassnaṃ

Visajj āpetv ā sakalassalokassa sotthiṃ karontu(原文ママ)

(2-31につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。ご協力、よろしくお願いいたします。

<《基礎発趣論(業縁と果報縁)》 中国語版→日本語訳出 

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>