Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。

★飛び入り翻訳~《基礎発趣論(業縁と果報縁)》4-6

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

業の四つの熟した果報に依る状況

Kalapadhipayag ānaṃ gatiy ā ca 

yath ār aham、

Sampatti ñca cipatti ñca kammam āgamma paccati(ママ)

「趣成熟(趣成就?)」を得ることができるのは、功徳業の果報が熟したためである。

しかし、我々は依然として、無始以来の功徳業と非功徳業を持ちつつ、この世間にやって来た。

私もまた、非常に多くの功徳業と非功徳業を、擁している。

来世の果報はどのようであるかは、今生の行為ーー業如何によっている。

来世の果報は、どのような業によって決定されるのであろうか?

趣成熟(Gatisampatti)

もしも「趣成熟」であるならば、善業が優先となって、得られる果報である;

もし「趣敗壊」であるならば、非功徳業が優先となって、得られる果報である。

「成就(ママ)」と「負壊」には、各々、四つのグループある。

「趣成就(ママ)」とは、たとえば、我々が得た人趣は善趣である。

趣成就の内、極めて悪劣な非功徳果報は、人趣において、発生する事はない。

例を挙げて言えば:

人趣は善趣であり、故に、地獄道衆生は、人類に害を与えることはできない。

人類の果報は、餓鬼の衆生とは異なって、食べ物が食べられないとか、水が飲めないとかの事はない。

ただ、彼に何かを与えてあげると、彼はそれを利用することができる。その点は、何も食べる事が出来ない、餓鬼とは異なる。

故に、人趣は、善趣であり、人趣の功徳業は、殊勝なのである。

(4-7につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。ご協力、よろしくお願いいたします。

<《基礎発趣論(業縁と果報縁)》 中国語版→日本語訳出 

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>