Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 2018年8月10日の翻訳をもって翻訳ワークは終了しました。                     コメント欄は利用OKですが、リトリートに入っている時は回答しません。。

『阿羅漢向・阿羅漢果』1-1(1/100)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

阿羅漢向:滅苦の正道

(アチャン・マハー・ブーワ尊者の修行体験記)

今日の仏教は、仏陀の教えが、言語文字のみ、残されている。また彼の教えは、経典として保存されている。

皆様に気を付けて頂きたい事。

今日の仏教界は、煩悩の汚染の浸蝕を受けて、もはや、真正なる修行は残されていない、という事を。

身は仏教徒でありながら、我々は、己の心を混乱と迷い・惑いの中に置き、煩悩の中に沈潜し続け、全方位的な苦痛の中に置いている。

これらの煩悩は、すでに我々の心の中を制服(=制圧と降服。以下同様)しており、我々は、如何に努力しようとも、それらの影響を、振り払うことができないでいる。

絶対多数の人間は、それに抗う意志さえも持たない:

彼らはただ目を閉じて、煩悩が己を攻撃するのに身を任せ、それらに抵抗する為の、なんらの努力も払おうとはしない。

心を観察する為の、念住に欠けている為、彼らの思想と一切の言語的行為は、すべて煩悩に覆われたものになっている。

長期にわたって、彼らは、堕落的な力の前に屈服し続けてきた為、今に至って、妄念を制服する動力に、欠けているのである。

念住がないならば、煩悩は奔放に、やりたい放題に妄して、夜についで日についで、一切のレベルにおける行為に、影響を与える。

この過程において、煩悩は、不断に、負荷と圧力を強め、人々の心に苦しみを齎している。

(1-2につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。ご協力、よろしくお願いいたします。

<『阿羅漢向・阿羅漢果』 中国語版→日本語訳出 

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>