Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 コメント欄はどなたも利用OKですが、リトリートに入っている時は回答致しません。

『阿羅漢向・阿羅漢果』2-8★

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 

その時、私の全身は、震えた。

この出来事を説明するのは、非常に難しい。

一切は、同時に発生した:

天が崩れ落ちて、世界は消失した。

その後に、私は絶え間なく繰り返した:

”何が起こった?

仏世尊も、この様に証悟されたのだろうか?”

実は元々、質問など発さなくてもよかったのである。

というのも、私はすでに、己自身、自ら真理を証悟したのであるから。

”真正なる法というものは、こういうものなのか?

真正なる僧(=サンガ、以下同様)は、こういうものなのか?”

三者は皆寄り集まって、一つになった。

一つに合して、至高で無上の法ーー私はそれを法界と呼ぶーーになった。

”一体、どういう事ですか?仏世尊。

法と僧は、なぜ一に合する事が出来るのですか?

それは同じものなのですか?”

私はこれまで、そのような可能性を想像した事がなかった。

私が大人になるまでに、知った事といったならば、心内の印象では、

”仏は仏、法は法、僧は僧”

であった。しかし至高で無上の法が光の中で生起して、この三者は合体して、同じ性質ーー殊勝なる法の真正なる性質ーーを持つに至った。

それが、それ自身の中の、光の内から生起して、あの隠蔽された所の、私が以前知ることのなかった真相を、突然、目の前にさらけ出して見せてくれた。

私は虚妄な幻想を物語って、人を騙すような事をしない。

今に至っても、あの殊勝な法は、私をして、感動せしめ、震撼せしめるのである。

それは至る処に存在して、光明は、法界を遍く照らし、一切を顕示して、どの様な法であっても、二度と隠匿され、覆い隠されるものはなかった。

次には、善悪の果報及び天堂(=天国、天界)と地獄の存在が、非常に明確に、また反駁できないほどの力でもって、私に突撃してきた。

私は、この力が、あなた方のような懐疑者に対して、私に向かってきたのと同じくらいの力でもって、あなた方を震撼させてくれればいいのに、と期待する。

あなた方、これら煩悩によって騙されし者は、悪業と善業には果報がある事、また、天堂と地獄の存在を信じない。

無始以来、それらは一切に滲み渡って存在しており、ただ、あなたが、いまだそれを察知できないでいるだけなのだ。

あなた方は、理解できますか?

これらの一切は、存在しており、愚かで無知なために、これらを信じない人々は、常に傷付いているが、彼らは煩悩に騙されて、永遠に真理を瞥見する事ができないのである。

(2-9につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。★誤字脱字を発見された方は、

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<『阿羅漢向・阿羅漢果』 中国語版→日本語訳出 

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>